2008年 10月 01日

遺るもの

ノリックの事故から1年。先日の日本GPではロッシがヘルメットにシールを貼って走ったのが話題になっていたが、サーキット内ではノリックのDVDやグッズが売られていて、足を止めてみる人も多く、愛されていた…いまでも愛されていると感じられた。今日は某学術集会に参加して、そこでノリックの写真を目にした。そもそも演者がノリックと仕事上でつながりのあった、個人的にも仲の良かった人で(かなり年上ではあるが)、以前からご自分の講演の時にはGPや8耐での写真を出してくることが多かった。今年の2月に講演を聞いた時には、途中、涙をこらえながら話している彼の姿が印象的だった。それだけに、実を言うと今日の講演を聞くのは不安でもあった。1年経つし、もうノリックのことは話さなくなってるかも…。もちろんそれは杞憂だった。これまで通り彼の専門にしている分野へのノリックの協力について話し、そして前を向いて、今後とも自分が頑張っていくということを印象づけてくれた。まだ悲しそうではあった。でも、前を向いて行くんだ、というのは伝わってきた。自分が進み、そして後進を指導していく、その姿勢を彼の語りからこんなに明確に感じられたのは初めてだった。そして彼に引っ張られていく者の中には、直接にノリックのことを知らなくても、何か響くものがあるんじゃないかな。それも遺されたものだと思っていいんじゃないかな。そう考えると、レースを見たこともない、ノリックの名前すら知らない人にまで、彼の影響は遺っていくんだ…。それを実感として感じられる場所にいられて、ひょっとすると私は幸せかもしれない。今日はそんな風に思ったのだった。
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by ciclone | 2008-10-01 23:23 | 雑記


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